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名古屋地方裁判所 平成7年(行ウ)28号 判決

名古屋市中区丸の内三丁目一九番一四号

原告

川合陽子

名古屋市中区三の丸三丁目三番二号

被告

名古屋中税務署長 桂川明

右指定代理人

西森政一

同右

番場忠博

同右

佐々木博美

同右

木村勝紀

同右

小田嶋範幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  控訴費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が原告の平成三年分の所得税に係る更正の請求に対し平成五年六月二九日付けでした更正すべき理由がない旨の通知を取り消す。

第二事案の概要

一  争いがない事実

1  原告は、平成四年三月一三日、平成三年分の所得税について、総所得金額二〇四万九六八六円、分離長期譲渡所得金額六一〇八万四三七七円、税額一三三四万五九〇〇円とする確定申告(以下「本件確定申告」という。)をした。

2  右の分離長期譲渡所得は、原告が、平成三年一一月七日に、豊国工業株式会社(以下「豊国工業」という。)に対して、別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)を七五〇〇万円で譲渡したこと(以下「本件譲渡」という。)による所得である。

3  原告は、平成五年三月一五日、「本件譲渡には、所得税法六四条二項に規定する事実が存するから、本件譲渡による所得は、全額がなかったものとみなされるべきである。したがって、原告の平成三年分の所得税については、総所得金額二〇四万九六八六円、分離長期譲渡所得金額〇円、税額七万四九〇〇円となる。」との理由により、更正の請求(以下「本件更正請求」という。)をした。

4  被告は、本件更正の請求に対して、平成五年六月二九日付けで、原告に対し、更正すべき理由がない旨の通知(以下「本件通知」という。)をした。

二  争点

1  原告の主張

(一) 原告は、昭和五九年五月に、太平建設工業株式会社(以下「太平建設」という。)の債務を保証した。おな、当時、太平建設は、債務超過の状態にあったが、ゴルフ場建設の事業を行っており、ゴルフ場が開場すれば、債務を返済することができる状況にあった。

(二) 原告は、右保証債務を履行するために、本件譲渡を行い、譲渡代金全額を保証債務を履行するために使用した。

(三) 太平建設は、倒産と同様の状態になったから、同社に対して求償権を行使することは不可能である。

(四) したがって、本件譲渡には、所得税法(以下「法」という。)六四条二項に規定する事実が存する。

(五) 本件確定申告書には法六四条二項の適用を受ける旨の記載はなかったが、同項に規定する事実が存するにもかかわらず、確定申告書に記載がないからといって、同項を適用しないことは、著しく不合理であって、許されない。

また、本件確定申告書に法六四条二項の適用を受ける旨の記載がなかったのは、原告が、税理士が作成した確定申告書を十分に検討しないまま、同項の適用を受ける旨の記載があるものと誤信して、印鑑を押したことにその原因があるから、法六四条四項が規定する「やむを得ない事情」がある。

(六) よって、本件通知は、違法である。

2  被告の主張

(一) 手続的要件の欠けつ

(1) 本件確定申告書には、法六四条二項の適用を受ける旨の記載がなかったから、同項の適用を受けることはできない。

(2) また、法六四条四項が規定する「やむを得ない事情」とは、事故による関係書類の紛失等の納税者の責めに帰することのできない事情を意味するから、原告主張事実が「やむを得ない事情」に当たらないことは明らかである。

なお、「やむを得ない事情」が存するとしても、税務署長は、更正の請求に基づき減額更正することを義務づけられるものではない。

(3) さらに、原告の平成三年分の所得税について、法六四条二項の適用がある場合の税額と同項の適用がない場合の税額は大きく異なるから、原告が同項の適用を受ける旨の記載があるものと誤信して確定申告書に印鑑を押したとは考えられない。

(二) 実体的要件の欠けつ

(1) 原告が、太平建設の債権者に対して、同社の債務を保証した事実はない。

(2) また、原告は、本件譲渡によって取得した金員を、自ら又は原告の弟である川合康弘を通じて、太平建設に提供しており、右金員を直接太平建設の債権者に支払っていないから、保証債務を履行したということはできない。

(3) さらに、原告が太平建設の債務を保証したと主張する昭和五九年五月当時、太平建設は著しい債務超過の状態にあったから、原告が太平建設の債務を保証したとしても、原告は、太平建設に資力がないため求償権の行使が不可能であることを知りながら、あえて保証をしたものと認められる。

したがって、原告の保証は、主債務者である太平建設に対する求償を前提としていないものであり、原告において、太平建設の債務を引き受け、あるいは太平建設に対して当該金員を贈与した場合と実質的に同視することができるから、「求償権を行使することができないこととなった」という要件を欠くものというべきである。

(4) 以上のとおり、法六四条二項を適用すべき実体的要件は存しない。

(三) よって、本件通知は、適法である。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

第四当裁判所の判断

一  手続的要件について

1  法六四条二項の規定は、法一五二条の規定による更正の請求をする場合を除き、確定申告書に同項の適用を受ける旨その他大蔵省令で定める事項の記載がある場合に限り、適用されるものであるが(法六四条三項)、本件確定申告書に法六四条二項の適用を受ける旨の記載がなかったことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、本件更正請求が、法一五二条の規定による更正の請求といえるかどうかにつき検討するに、同条による更正の請求をする場合には、更正請求書に、「その請求に係る更正前の課税標準等又は税額等、当該更正後の課税標準等又は税額等、その更正の請求をする理由、当該請求をするに至った事情の詳細その他参考となるべき事情」のほか、法六四条二項に規定する事実が生じた日を記載しなければならないところ(法一五二条)、証拠(乙三)と弁論の全趣旨によると、本件更正請求書には、確定申告の後に法六四条二項に規定する事実が生じた旨の記載はない上、「申告書を提出した日又は請求の目的となった事実が生じた日」の欄には、平成四年三月一三日(本件確定申告書の提出日)と記載されていたことが認められる。また、証拠(原告本人)と弁論の全趣旨によると、原告が本件更正請求をした動機は、元々法六四条二項の適用を受けることができたにもかかわらず、本件確定申告書にその旨記載しなかったので、同項の適用を受けるために本件更正請求をしたというものであったことが認められる。

そうすると、本件更正請求は、法一五二条の規定による請求と認めることはできない。

3  次に、原告が本件確定申告書に法六四条二項の適用を受ける旨の記載をしなかったことにつき同条四項に規定する「やむを得ない事情」があるといえるかどうかにつき検討するに、右の「やむを得ない事情」とは、事故による関係書類の紛失等の「納税者の責めに帰することのできない事情」を意味するから、原告が、その主張するように、税理士が作成した確定申告書を十分に検討しないまま、同条二項の適用を受ける旨の記載があるものと誤信して、本件確定申告書に印鑑を押した場合には、右の「やむを得ない事情」があるといえないことは明らかであり、原告本人尋問の結果その他の本件全証拠によるも、「やむを得ない事情」があったと認めることはできない。

4  したがって、本件譲渡による所得について、法六四条二項を適用することはできない。

二  実体的要件について

1  原告の保証について

証拠(乙六、一〇、原告本人)によると、原告は、昭和五九年五月に、太平建設に対し、太平建設が営業活動によって負担している債務及び太平建設が営業活動によって将来負担する債務について、一億円を限度として、保証する旨約したことが認められる。

しかしながら、右約定は、原告と太平建設との間でされたものであるから、右約定をしたことをもって、原告が、太平建設の債権者に対して、同社の債務につき保証をしたものと認めることはできない。

もっとも、証拠(原告本人)によると、右約定の後、小林繁及び辻孝子が原告に対して電話をして、太平建設のこれらの者に対する貸金債務について保証するか否かを問い合わせたところ、原告において保証する旨答えたことが認められるので、原告は、小林繁及び辻孝子に対しては、太平建設の債務につき保証をしたものと認められる。

しかし、原告が、太平建設の他の債権者に対して、同社の債務につき保証したものと認めるに足りる証拠はない。

2  保証債務の履行について

(一) 証拠(甲三、乙一、二、六ないし九、原告本人)と弁論の全趣旨によると、次の事情が認められる。

(1) 原告は、本件譲渡に先立つ平成三年一〇月二一日、豊国工業から、二二〇〇万円を借り受け、右二二〇〇万円は、同日、原告名義の口座に入金された。

そして、同日、右口座から一〇〇〇万円が出金され、太平建設名義の口座に入金された。また、同月二五日、原告名義の右口座から、一二〇〇万円が出金され、太平建設名義の口座に入金された。

(2) 平成三年一一月七日、本件譲渡に係る代金七五〇〇万円が、原告名義の口座に入金された。

そして、同日、右口座から、三九五〇万円が出金され、うち、二二〇〇万円が、右(1)の借受金の支払に、四五〇万円が、本件譲渡の仲介手数料の支払に、一三〇〇万円が、原告の住宅ローンの支払に、それぞれ充てられた。

また、同月八日から一二日にかけて、三回に分けて、右口座から、合計三五五〇万円が出金され、太平建設名義の口座に入金された。

(3) 太平建設では、右(1)、(2)の同社名義の口座に入金された合計五七五〇万円を、原告からの借入金として経理処理をした。そして、太平建設は、右五七五〇万円を主たる弁済資金として、債権者に合計六一三九万円の債務を弁済した。

(二) 右(一)認定の事実に証拠(原告本人)と弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件譲渡に先立って借り入れた金員(本件譲渡代金により弁済された。)及び本件譲渡によって取得した金員を太平建設に貸し付け、太平建設は、その金員を主たる弁済資金として同社の債務の弁済をしたものと認められる。そして、原告において、本件譲渡により取得した金員を直接太平建設の債権者に支払ったことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、原告が本件譲渡代金により自己の保証債務を履行したとはいえないから、本件譲渡が「保証債務を履行するため」の譲渡であったと認めることはできない。

3  よって、本件譲渡による所得について、法六四条二項を適用することはできない。

三  以上のとおり、本件譲渡による所得について、法六四条二項を適用することはできないから、本件通知は、適法である。

四  よって、本件請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 森義之 裁判官田澤剛は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 岡久幸治)

物件目録

一 名古屋市名東区上菅二丁目八一二番

宅地 一七八・〇九平方メートル

二 名古屋市名東区上菅二丁目八一二番地所在

家屋番号 八一二番

木造瓦葺二階建共同住宅

床面積 一階 五六・七五平方メートル

二階 四七・八八平方メートル

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